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檸檬

2016.11.15 (Tue)

いつもの時間にいつもの車両。
繰り返しの毎日で、大きな変化なんてほとんど起こらない。
ときどき電車が遅延したりするくらいのもんだ。

いつもの駅でいつものコンビニ。
缶コーヒーと昼食の弁当を調達する。
ときどき新しい弁当が登場したり、新しい店員が登場したりする。
変化なんてそれくらいのもんだ。
今の店員もすっかり顔馴染みになってしまった。
挨拶をして自動ドアを抜ける。
俺の勤務先は、ここからそう遠くはない。



電車にコンビニと言うと都会かと思われそうだが、実は完全に田舎である。
コンビニはこの辺りでは唯一で、駅のそばにしかない。
電車も30分おきくらいにしか来ないので、いつもと同じ時間の電車に乗るしか選択肢がないのである。
俺の勤務先は山のふもとにあって、駅がその近くにある。
車を所有していない俺としては、公共交通機関だけで移動できてラッキーである。



勤務地である建物に到着する。
ただのコンクリートでできた、大きな箱に見える。
なぜなら、窓がないから。
1つだけドアがあるので、かろうじて中に入れるものなんだと分かる。

リュックから鍵を取り出してドアを開ける。
窓がないので暗い。
ドアの隙間からの光があるうちに、部屋の中の明かりをつける。
簡単な机と椅子のセットが1つ。
殺風景にも程がある。
俺は、まるで取調室のようだと思っている。
違うのは、取調べ相手も、ましてや取調べ官もいないこと。

いや、そもそも、ここには、俺しかいない。
朝から晩まで、俺はここで1人で仕事をしなければならないのだ。
ドアを押さえるのをやめ、部屋の中に入る。
リュックを机の上に置き、そのまま奥へ抜ける。
ちょっとした廊下になっていて、右手はトイレと簡単なキッチン。
左手には倉庫がある。

そう、俺の仕事は倉庫番だ。
朝から晩まで、ここにいるだけ。
いることが仕事なので、このコンクリート箱の中にいさえすれば何をしても良い。
逆に、勤務時間内であればお昼も外に出てはいけない。
理由は分からないが、就業規則にそう書いてある。
理由は分からないが、就業規則にそう書いてあるのだから従うほかない。



朝一番、まずは倉庫に入る。
そこには、木製の引き出しのようなものがたくさんある。
貸金庫みたいなやつだ。
1つ1つはたいして大きくなく、広辞苑が入りそうなくらいだろうか。
引き出しには刻印があって「001」から「100」まで順番に番号が振ってある。
中に何が入っているのか、「100」までびっしり埋まっているのか、それは俺には分からない。
俺は引き出しを開けることはできないからだ。
就業規則にそう書いてある。
ちなみに、引き出しには鍵穴などは見当たらない。
きっと引けばそのまま開くのだろう。
それでも、俺はこの引き出しを開けることはできない。



日々、何も変化はない。
実は、俺が勤務している間、この引き出しには荷物が追加されることもなければ、持ち出されることもなかった。
もう「100」番までいっぱいいっぱいに保管されているから、追加されることがないのか。
普通の貸金庫というものがどれくらいの頻度でアクセスされるものなのか俺は知らない。
ただ、持ち主が中身を持ち出しに来ない理由は分かる。



引き出しの1つ1つには、誰かが酔っ払って失くした記憶が保管されている。



なぜ中を見ていないのに分かるのかって?
簡単なことだ。
就業規則にそう書いてある。



酔っ払って失くした記憶は、大抵の場合戻ってこないものだ。
ここにある記憶は、これから先もずっとここにあるままなのだろう。
なぜそんなものをずっと保管していて、しかもそれを守る人間が必要なのか俺には分からない。
夜は誰もいなくなるし、この建物も大したセキュリティでもない。
たった1つあるドアは施錠してはいるが、本気を出せば誰でも突破できそうだ。
俺には分からないが、世の中にはいろんな仕事がある。
やっている本人すら、何の役に立っているのか疑問に思いながら仕事している人もたくさんいるだろう。
俺もその中の1人っていうそれだけだ。
社会のシステムってやつは俺が考えるには荷が重い。
与えられた仕事を黙々とこなしていくしかない。
こんな仕事もあるんだな、と思うようにしている。



ちなみに、この職は飲酒禁止である。
就業規則にそう書いてある。
勤務中の飲酒、ではない。
帰宅しても禁止なのである。
これは分からないでもない。
もし俺が酔っ払って記憶を失ってしまったら、面倒なことになるからだ。
よく知らないがコンプライアンス違反というやつになるのだろう。
あるいは企業イメージの問題だろうか。
いずれにせよ良くないことだ。
だから俺は、この仕事に就いてから、一滴も酒を飲んではいない。



もうかれこれ何年になるだろうか。
昔を振り返ろうとしてみた。
昔、と形容してもいいくらいには以前のはずだ。
ぼんやりしていてうまく思い出せない。


昔のことを思い出そうとしていたら、中学生の頃を思い出した。
卒業式の後、同級生達とファミレスでわいわいやっていた。
その後、中学校へ行こうって話になり、さらに途中のコンビニでお酒を買おうってなった。
俺はバレないかどきどきしながら皆についていくだけで店の外から見守っていたが、買出し係の同級生は問題なくレジを通過した。
夜の中学校でお酒を飲む。
缶チューハイだったかと思う。
確か、当時ちょっと気になっていた女の子もいて、お酒のせいだけじゃなく俺の気分は高揚していたように思う。
あれが初めての飲酒。
初恋は、レモンの味。
甘さはない。


懐かしい。
が、昔に戻りすぎた。


俺がこの仕事に就いたのはいつだったか。
かなり昔なのは確かだ。
何度も夏を迎え、冬をまたいだ。
俺は長い間この仕事を続けてきた。
ずっと1人だ。
同期や上司もいない。
会社の人間とのやり取りもない。
他にも同じような倉庫があって、俺と同じような仕事をしている人間がいるのかも知らない。
俺の仕事のことは誰にも話せないのだ。
就業規則にそう書いてある。
よく知らないが守秘義務というやつなのだろう。
だから俺は分からないことがあっても、誰かに聞くこともできない。



俺は、なぜ自分がこの仕事をしているのか分からなくても、誰にも聞くことができないのだ。
思い出すしかないのだ。
しかし、なぜ思い出せないのか。
どうやって、この仕事にたどり着いたのか。
思い出せないということは、記憶がないということか。

何かで見たことがある。
テレビ番組でだろうか。
記憶喪失というやつも、失っているというより、思い出せないだけということがあるらしい。
記憶がなくなってしまったというわけではなく、ちゃんと保管はされていて、単にそれをうまく引き出すことができないだけだと。

そう、今俺の目の前にあるのがまさにそうなのだ。
ちゃんと引き出しに保管されている。
酔っ払いたちは保管されているものを引き出せば、思い出せるのだ。
俺も、そうなのか?

世の中の酔っ払いたちは、ここに失われた記憶が保管されていることを知らない。
保管されている場所が分からなければ、引き出すこともできない。
俺も、俺の失われた記憶がどこに保管されているのか知らない。



目の前にずらりと並んだ引き出しを眺める。
誰とも知らない酔っ払いの記憶。
俺は今、思い出したい。
持ち主の誰かが羨ましく思える。
俺の記憶の引き出しは、どこにあるのだろうか。



こういうのを魔が差したを言うのだろう。
あるいは、ピンと来た、と。


思考が明確に言語になる前に、概念で分かってしまう感じ。
ひらめき。
インスピレーション。
思考があとから追いついてくる。
あと付けの論理がこれしかないと背中を押す。


そして、俺は失われた記憶を取り戻す為に、001番の引き出しを開ける。


中には、ぽつんと1つの、



----------------------------------------------------

『酔っ払いの失くした記憶が集まる倉庫』、というフレーズを思いついたので勢いのままに書いてみた。
いつものように、何かの記事の冒頭に『酔っ払いの失くした記憶が集まる倉庫』とだけして終わりでも良かったのだけれど、何となく興が乗ったので。
(興が乗る、と言ってみたかっただけです。)

タイトルは『俺は失われた記憶を取り戻す為に、001番の引き出しを開ける。』にしようと思ったけど長いからやめ。
こういうタイトルにすると、途端にラノベ感が出る気がするのはなぜでしょう。
(ここで言うラノベ感というのは私の独断と偏見です。)
文章のようなタイトルが多いイメージがあるのかもしれません。

長いタイトルで私が初めて衝撃を受けたのは、ジャンルは違いますがB'zですね。
『愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない』。
タイトルって短いものっていう思い込みがあったんですが、こういうのもアリなんだ! って思いましたね。
小学生か中学生ながらに(記憶が曖昧)。

私の記憶の引き出しは、どこにあるのでしょう。
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失踪宣告[全力⇔疾走] 目次

2016.06.29 (Wed)

順番にアップすると、一番上に来るのが最後になるので目次です。
別窓で開きます。


『失踪宣告[全力⇔疾走]1』

『失踪宣告[全力⇔疾走]2』

『失踪宣告[全力⇔疾走]3』

『失踪宣告[全力⇔疾走]4』

『失踪宣告[全力⇔疾走]5』

『失踪宣告[全力⇔疾走]6』




いろいろ手を加えようかと思っていたんですが、断念気味でアップします。
一度、一応は完成したものを大きく変更するのは無理でした。
誤字とかあるので教えて欲しい(直すとは言ってない


これは過去に書いたもので、今は物語を書いてはいないですが、一応でも書いた経験のある身からすると、どんな物語でもきちんと最後まで書ききっている人をとても尊敬しています。

失踪宣告[全力⇔疾走]6

2016.06.29 (Wed)
 先生の話を聞いた後、俺は屋上へ登ってみた。


 俺は、解を得るために先生を訪れたつもりだった。もし別世界へ移動してしまうということがあるのなら、元の世界に戻る方法だってあるはずだ。少しだけでもその手がかりをつかもうと思っていた。しかし、結果として分かったことはただ1つ。

 人間は分からないからこそ想像する生き物であるってことだけ。

 未来など完全に分かるはずもない。だから想像する。他人の気持ちなんて完全に分かるはずもない。だから想像する。俺も人間だ。いろいろな可能性を想像することができる。俺が解じゃないかと思っていたパラレルワールドだって、可能性としては残っている。パラレルワールドが実在に足るものであった方が、俺の気持ちとしては落ち着けたかもしれないくらいだ。いつの間にか、俺かあるいは叶はパラレルワールドへ移動してしまった。少なくとも俺に関して言えば、タイムマシンなんて使った覚えはない。と言いたいところだが、俺はタイムマシンがどんな形をしているのか知らなかった。まさか机の右側一番上の引き出しを開ければ、というわけにはいかないだろう。パラレルワールドを移動するシステムをタイムマシンと呼ぶのなら、俺がいつの間にかそれを使ってしまっていたという可能性もゼロではないのだ。まさか睡眠という行為が、それにあたるとでもいうのだろうか。人はみな、寝て起きたら別の世界へ移動している。

 夢というのは、パラレルワールドを旅してきた記憶なのかもしれない。


 実はこの世界はほんの5秒前に誕生したという考えがある。それ以前の過去の記憶は、世界誕生の瞬間に仕込まれたニセモノの記憶であり、その記憶のお陰で人は長く生きていると思い込んでいる。人はホンモノとニセモノの記憶の区別なんてつけようがないから、この考えは否定できない。今のこの世界は木曜と金曜の境界で誕生した。木曜以前の記憶はこの世界がつくり出したニセモノだ。しかし俺にだけちょっと違う、他の記憶とは食い違う記憶が埋め込まれてしまった。それにしたってやはり疑問は残る。なぜ俺にだけそんな記憶が与えられたのだろう。それに叶の存在が間違いだったなんて、思いたくもない。


 おそらくは、どの可能性をとっても疑問は残る。この場合、可能性とは仮説であり想像力だ。どの仮説でも、なぜという理由が説明できない。けれど理由なんてそんなものなのだとも思う。人間同士、それも同じ土台を有する人間同士でしか効力をもたない。仲のいい友人同士だって、相手の行動の動機が理解できないことなんてざらだ。動機を知っても、共感できないなんてことは往々にしてある。ましてやこの世界の意図を、俺が理解できるはずがない。世界は人間ではない。だけど今の俺には、気味の悪い生き物みたいに思えてきた。俺だけにその理解不能の敵意を向けている気がしてきた。それは自意識過剰な考え方だろうか。


■  ■  ■



 そこまで考えて、俺は空腹を覚える。彼女がいなくなったというのに、しっかりとお腹が空いてしまう自分の存在が、とても罪に思えた。


 いくら考えても埒が明かない。全てを説明する仮説などなく、分からないことだらけ。そしてそれは本質的な不可知ときている。しかし、と俺は再び思い至る。先生の言ったように、分からない分だけ選択肢は多い。どの仮説にしても、この事件の動機も方法も分からない。分かっているのは叶が消えてしまったという事実だけだ。それなら俺が自由に選ぶことができる。俺を除く全てから叶の痕跡が消え去ったと考えてもいいし、叶の存在そのものが幻で俺の妄想に過ぎなかったと考えてもいい。実は叶はどこかに隠れていて、世界が一丸となって俺を全力で騙そうとしていると考えてもいい。そもそも今この現実が夢だと考えたって誰も文句は言わない。実は夢オチが一番平和かもしれないくらいだ。しかし問題は、俺がこの現実(ユメ)から覚める方法を知らないことだ。覚めることのない夢は現実と何ら変わりがない。


 やはり決めるのは、俺なのだ。


 そしてもう1つ確実なのは、どうやったって叶に通じる道は得られそうにないということ。全ての仮説が等しい確率で存在して定まらない。仮説が定まらなければ、現状が定まらない。叶の存在の在り方が定まらない。俺の在り方が定まらない。叶との再会には全く見通しがたたないけれど、悲しむことができない。人の死に涙するのは、その人ともう会うことができないという未来を想像してしまうからだ。人は、今という現在から想定される未来に絶望して涙する。俺は絶望する未来さえもち合わせていない。



 手すりにつかまって目を閉じる。



 今の俺には打つ手が全くない。だけどもし叶と再開できるとしたら、きっとそれは公園。そんな気がしている。

 浮かび上がる情景。

 それは噴水のある公園。

 噴水を囲むようにいくつかのベンチがあって、俺はそこに一人で腰掛けている。繰り返しの水を眺めながら。足は組まずに深く腰掛ける。そしていつの間にか隣には叶がいるのだ。これ以上ないくらい自然に。まるでずっと一緒にいたかのように。俺はまだ、叶の方を見ない。叶もまだ、俺の方を見ない。そしてどちらからともなく手を繋ぐ。涙は流さない。あんなに、噴水が激しく祝福してくれているから。しばらく2人で噴水を眺めていると叶が口を開いてこう言うのだ。


『ねぇ。何だかこういうのって、いいよね』


 叶は今どこにいて、俺は今、どこにいるのだろう。


■  ■  ■



 目を開けると、空はいつの間にか夕焼けだった。グラウンドでは練習を終えたサッカー部員達が片付けを始めている。陸上部員達は水飲み場で列をつくっている。剣道場からは竹刀で打ち合う音がする。今日は野球部は休みみたいだ。屋上へ来たのは初めてだった。いつも自分が立っているグラウンドは、ここから見ると全然別世界だ。俺はグラウンドを見下ろす。しばらくそうしてから、今度は空を見上げてみる。グラウンドと屋上は別世界だ。だから空もきっと、こことは別世界だろう。俺は叶が空から見下ろしているところを想像してみた。案外、空も近いんだと気づいた。

 少しだけ。

 本当に少しだけ救われた気分になった。



 そういえば、『また明日ね』という叶からの最後のメールに、俺は何と答えただろう。ちゃんと『またね』と伝えただろうか。そもそも返信しただろうか。今となっては確かめる術は、ない。


 俺に必要なのは『おかえり』を言う忍耐だろうか。

 それとも、『さよなら』を言う勇気だろうか。

END.

失踪宣告[全力⇔疾走]5

2016.06.29 (Wed)
「パラレルワールド、ですか」


 翌日、俺は物理学準備室に来ていた。土曜日は午前中だけ授業がある。俺ははやる気持ちを抑えながらそれらをやり過ごし、最後の授業のチャイムが鳴るとすぐに教室を飛び出した。パラレルワールドの話をしてくれた教師に会う為だ。俺はその教師がパラレルワールドについて話しているのは覚えていたけれど、詳しいことは全く覚えていなかった。もう一度話を聞こうと思って、それを目の前にいる物理教師に伝えた。


「嬉しいですね。君が興味をもってくれていたなんて。だけど確か・・・・・・、あのとき君は寝ていましたよね?」

「あぁ、それは、まぁ、その・・・・・・」


よく覚えている、というかよく見えている。


「はは、せっかく来てくれたのに苛めてはいけませんね。申し訳ない。それで? パラレルワールドについてでしたっけ?」

「あぁ、もっと詳しく教えてくれ」


 この教師は30歳直前という年齢にもかかわらず、大学生のお兄さんといった感じの印象を与える。つまり教師の貫禄なんてありはしないのだ。怒っているところなんて見たこともないし、常に宙に浮いている感じで温和な人柄だった。それはもちろん長所でもあるのだけれど、生徒達に甘く見られる要因になっていた。俺を含めほとんどの生徒が、この教師に対して敬語を使って話しかけたりしない。まだ俺は先生と呼ぶからマシなほうだ。


「うーん、そうですねぇ・・・・・・。可能世界という概念があるのですが、ご存知ですか?」

「・・・・・・」


 俺は首を横に振る。


「あ、それがどうしたって顔をしていますね。これから説明しますから我慢して聞いていてください。誰しも、『あのときこうしていれば』と後悔したり、『これからこうなればなぁ』と夢想するものですよね。そのときに後悔する過去や夢想する未来というのは、もちろん自分の頭の中にしかない想像上のものです。可能世界というのは、その想像上の世界のことです。つまり『あのときこうしていた』世界であり、『これからこうなる』世界です。ついてきています?」

「・・・・・・よく分かんね」


 物理教師はわざとらしく一度、咳払いをしてから続けた。


「日々生活していると、いろいろな可能性があることに気がつきますよね。君が僕を訪れようと思わなかった可能性。君が訪れたものの僕が在室していなかった可能性。僕がこの学校の物理教師にならなかった可能性。君がこの学校の生徒にならなかった可能性。いくらでも思いつきます。無限にあると言ってもいいくらいです。そういった可能性が実現されていた世界たちを可能世界と総称するのです。君が僕を訪れようと思わなかった可能世界がある。君が訪れたものの僕が在室していなかった可能世界がある。僕がこの学校の物理教師にならなかった可能世界がある。君がこの学校の生徒にならなかった可能世界がある。可能世界の数も無限大と言ってよいでしょうね。可能世界の解釈にもいろいろありますが、今、僕と君がいる現実世界は、無数にある可能世界の1つに過ぎないかもしれないのです」

「ちょ、ちょっと待って。混乱してきた」

「うーん・・・・・・。それでは、もしもボックスはご存知ですか?」

「ドラえもんの?」


突然、身近な話題になった。


「そう、それです。ボックス内の受話器に向かって『もしも~だったら』と言うと、ボックスの外ではその『もしも』が実現されるのです。『もしも』というのは可能性ですね。もしもボックスは異なる可能世界間を移動する装置と言えるのです。ま、だいぶ大雑把な比喩ですが」

「あぁ、そう言われると何となく分かる」

「さらにもっと大雑把に言うと、可能世界の中でもちゃんと物理法則を考慮したものが並行世界、すなわちパラレルワールドです。うーん、やっぱり誤解を招きそうですね。どちらも同じようなものなのですが、可能世界は論理学や哲学における概念です。一方でパラレルワールドは物理学ですね。ところで、『タイムマシン』という映画をご存知ですか?」

「・・・・・・いや」

「タイトルの通り、タイムトラベルを題材にした映画なんですけどね。僕も細かい部分までは忘れてしまいましたが、主人公は大学の物理教授です。プロポーズしようとしていたまさにその日に、待ち合わせ場所にいた彼女が強盗に襲われて死んでしまうのです。悲しいですね。主人公は悲しんで悲しんで決心するのです。タイムマシンを作って過去へ戻り、彼女を守ることを。それからしばらくは食事をとるのも忘れるくらいの勢いで研究します。周囲からはあまりの悲しさからおかしくなっていると思われたりするのですが、それは今関係ないですね」

「・・・・・・」


まるで今の俺みたい、なのか・・・・・・?


「そしていよいよ主人公はタイムマシンを完成させてしまうのです。念願かなって例の日まで戻り、まだ生きている彼女を見つけます。現代から拳銃を持って過去へやって来た主人公は、待ち合わせの場所に先回りして強盗を退治します。無事彼女を守ることができた。と思いきや、待ち合わせの場所へ来る途中で、彼女はバランスを崩した馬車の下敷きになってしまうのです」

「また、死んだのか?」

「そうです。主人公は何度も何度もやり直します。しかし、彼女は何度も何度も違う状況で死を迎えるのです。過去は変えられない。彼女の死は運命なのだ。そう考える人もいるでしょう。しかし、なぜ過去を変えられないのかを説明することはできません。パラレルワールドという概念を用いれば、多少は説明できるかもしれませんね」

「・・・・・・どういうことになるんだ?」


 俺は、核心に近づいているようでいてはぐらかされているような感じに、焦りを感じ始めていた。


「そもそもタイムトラベルには、タイムパラドックスという問題がつきまといます。親殺しのパラドックスですね。ある男が過去へ戻って、自分を産む前の母親を殺してしまう。そうすると母親がいなくなってしまったのだから、男が生まれることはない。そうするとその男が存在していることはおかしいですね。かといってその男が存在しないのならば、その母親も殺されることなく男を産むことができるのです。男が母親を殺した瞬間に、論理が立ち行かなくなるのですね」


「先生、それがパラレルワールドとどう関係するんだよ」


焦りが怒りに変わりそうになる。


「関係するのです。タイムパラドックスの1つの回避法として。そもそもタイムパラドックスは、男を産んだ母親と男に殺される母親が同一であるという考えのもとにいるから生じるのです」

「そんなん当然だろ?」

「ニワトリとタマゴ、どっちが先か?」

「あん?」

「これも、タマゴを産むニワトリとタマゴから孵って成長したニワトリを同一と見るから矛盾するのです。矛盾しているように見えるのです、と言った方が正確ですかね。いいですか、ニワトリはタマゴから孵るし、タマゴはニワトリによって産み落とされるのです。タイムパラドックスも同じです。男を産んだ母親と男に殺される母親が別の存在であると仮定すれば、矛盾などありません。『男を産んだ母親』が男を産み、男は過去へ戻り、『男に殺される母親』を殺すのです。しかし同じ人物が1つの世界に同時に存在するのはよろしくない。そこでこう考えるのです。男が戻った過去は、男が元いた世界とは別世界、パラレルワールドであると。そこには『男を産んだ母親』はいません。男が殺すのは、パラレルワールドにいる『男に殺される母親』なのですから何ら矛盾はありません。つまりタイムマシンとは、異なるパラレルワールドを移動する装置ということになります」


少しだけ、分かった。


「もしもボックスみたいなものか・・・・・・」

「もしもボックスみたいなものです。可能世界と同じように、可能性の数だけパラレルワールドがあると考えられます。過去は変えられないという話に戻りましょうか。『タイムマシン』の主人公は何度も過去へ戻り彼女を救おうとしますが、その全てが失敗に終わります。主人公は彼女の死因を知っていて、その対策を施すのですが、ことごとく他の要因で彼女は死んでしまいます。パラレルワールドという考え方によれば、過去へ旅するということは異なるパラレルワールドへ移動するということですから当然ですね。ただ、何も彼女が死んでしまうパラレルワールドばかりへ行かなくてもいいだろうと思っていたのですが、最近思いつきました。死因は何にせよ、大雑把に分ければ、彼女はその日『死ぬ』か、『死なない』かのどちらかです。さらに大雑把に言えば、彼女の死因だけパラレルワールドがあります。イメージでの話になりますが、彼女が『死ぬ』世界の近くにあるパラレルワールドは、やはり彼女が『死ぬ』パラレルワールドだと思いませんか?」

「・・・・・・まぁ、確かに」


そうか? そうなのか。俺はよく喋る目の前の物理教師に呆れ始めている。


「もちろんパラレルワールド間の移動ですから、彼女が『死なない』パラレルワールドへ移動するにはもっとエネルギーが必要だ、なんてことは言えないのですが・・・・・・。ま、フィクションなのであまり細かく詰めても仕方ないですね」


 先生はそう言ったけれど、ここまで話しておいてまだ細かくないのかと辟易した。ようやく途切れたので、俺は、1つだけ質問をした。


「なぁ先生。大体のことは分かったんだけどさ。パラレルワールドってのは、タイムパラドックスを解決するために考え出されたもので、何つーかさ、その・・・・・・」

「タイムパラドックスの解決が本目的ではないのですけれどね・・・・・・。現実的ではない?」

「そう。だって本当にパラレルワールドがあるのかって分からないじゃん」

「その通りですよ。パラレルワールドの存在は観測されていませんからね。それに、もし実在していたとしても観測されるとは思えませんしね」

はぁ。


「じゃあどうしてパラレルワールドなんてあるかも分からないものについて議論したりするんだ?」

「それは、あるかどうか分からないからですよ」

「・・・・・・は?」

「分からないから想像するのですよ。もし人間に未来予知の能力が備わっていたら、人間は想像力もなく希望をもつことのできない生き物であったでしょうね。ま、その想像力が絶望や失望を引き起こしたりもするのですけれどね。はは、人生って困難ですね」

失踪宣告[全力⇔疾走]4

2016.06.29 (Wed)
 結果として、俺は茫然自失という言葉そのままに帰宅した。ブレザーを脱いでベッドに放り投げ、そのままその上に腰掛ける。ブレザーに皺がついてしまうなんて心配をする余裕なんてなかったのだ。



■  ■  ■




 俺は2限の後の休み時間に教員室へ行った。叶のクラスの担任に会う為だ。しかしその教師は、午前中は用事があって学校に来ていなかった。俺は昼休みに昼食もそっちのけで再び教員室へと足を運んだ。一体俺は今日、何度絶句しただろう。その担任の言葉に、俺はまた絶句せざるを得なかった。



『うちのクラスに森下叶という生徒はいないよ』



 出席簿を見せてもらったけれど、叶の名前はどこにも見当たらなかった。担任の先生をも巻き込むいたずらというのは考えにくい。だとしたら本当に、叶のことを知らないとでもいうのか。その後、陸上部の顧問や叶と交流のあった先生に話を聞いたけれど、反応はみな同じだった。



 俺は仮病を使って早退することにした。俺があまりにも必死にモリシタカナエという、彼らに言わせれば見たことも聞いたこともない人物を探し回っている様子は、既に多くの人に知れ渡っていたから早退は簡単だった。そして、そのままその足で叶の家へ向かった。叶の友人や教師たちが駄目なのだから、もっとよく叶を知っていて毎日接している人に会う必要がある。俺はそう判断した。過去に何度か訪れたことがあったので道には苦労しなかった。玄関のチャイムを押すと出てきたのは叶の母親。俺は彼女の言葉にやはり絶句した。


『どちらさまでしょうか?』


 もちろん俺は必死で説明を試みた。俺は叶の母親とは直接会ったことがあるのだ。


『うちには叶なんて娘おりませんが・・・・・・』


 しかし全く会話にならなかった。俺が説明の言葉を尽くせば尽くすほど、叶の母親は険しい表情になっていく。心の中を空しさが支配していく。それでも俺は諦めずに言葉を続けた。



 言葉が通じないということが、これほど孤独を誘うものだとは知らなかった。


 言葉が通じないということが、これほど恐怖を誘うものだとは知らなかった。


 言葉が通じないということが、これほど絶望を誘うものだとは知らなかった。



 俺も叶の母親も、同じ日本人で、同じ日本語を使っていた。叶の母親も聞く耳をもたないとう感じではなかった。親切に耳を傾けてくれていたと思う。だけどそれでも、通じなかった。


『・・・・・・警察を呼びますよ』


 最後には突っぱねられる形で扉を閉ざされてしまった。叶の母親が俺に向けていた目。俺はそれを見て、ようやく事の重大さを悟った。叶の母親は嘘を言っているわけでも冗談を言っているわけでもない。あの目は、本物だった。俺が今確信をもって正しいと言えるのは、唯一たったそれだけ。

 叶の母親は叶を知らない。


■  ■  ■



 どうやら本当にみな、叶のことを知らないみたいだ。それはいい加減に認めざるを得ない。もちろん全ての人間に確認をとったわけではないけれど、叶と関係がありそうな心当たりにはほとんどあたったはずだ。「みな」と近似してしまってもよいだろう。知らないというよりも、叶に関する記憶がなくなっていると表現した方が正しいだろうか。それに伴っておかしなことになっている。

 まずは俺が真穂と付き合っていることになっていること。

 そして叶の母親が俺のことをも忘れてしまっていること。

 俺と彼らの間で記憶が食い違っている。


 俺はもう一度、叶に電話しようと携帯を取り出す。着信もメールもなかった。俺は着信履歴から叶の番号を探そうとして、今日最大の絶句を味わう。


「―――なっ!?」


 叶からの着信履歴が消えていたのだ。自分で消した覚えなどない。昨日の朝は履歴一覧の一番上にあったはずだ。しかし今は、真穂の名前がそこにはあった。それだけじゃない。こちらから叶に電話した履歴もなく、叶からの最後のメールもなく、そもそも叶のデータそのものが俺の携帯から消えてしまっていた。


「これ、は・・・・・・?」


 俺は呆然と手の中の機械を眺める。間違いなく何かが起こっている。身の回りでは、おかしなことが相次いで起こっている。全てが叶に関係している。しかし俺以外に不審に思っている人間はいないようだ。現象は具体的なのに、何が起こっているのかが全く理解できない。


「くそっ!!」


 俺は携帯を壁に向かって投げつけた。嫌な音がしたけれど放っておいた。きっとその音は、俺自身の発した音でもあるのだろう。



 俺はようやく確信した。認めたくはないけれど、叶は、消えた。いなくなったのではない。いなかったことにされたのだ。そもそもこの世界に存在しなかったことにされてしまったのだ。だからみな、不審に思ったりしない。記憶がなくなったわけではないのだ。記憶を変えられているのだ。その主体は何か。人がカミサマと呼ぶ、人知を越えた存在でもいるというのだろうか。



 叶は何らかの方法で、この世界からドロップアウトしてしまった。能動的か受動的かも分からない。どちらにせよ、この世界に存在しない者の記憶は、この世界には必要ない。俺の記憶を除いて、全てが変更を余儀なくされた。真穂も友人達も先生も母親でさえも。お陰で俺は真穂と付き合っていることになったし、叶の母親と俺の接点は叶本人だけだったから、叶の母親は俺の記憶さえも失うことになった。



 なるほど、世界は着々と事後処理を進めているみたいだ。しかしなぜ俺だけがその処理から外れているのだろう。それとも、近いうちに俺も叶のことなどすっかり忘れてしまうのだろうか。明日には綺麗さっぱり叶のことなど忘れてしまって、何もなかったかのようにくだらなくはしゃいだりしているのだろうか。それだけは御免だった。だけど忘れないようにする努力など、どうやってするのだろう。名簿からも携帯電話からも叶の痕跡は消えてしまったのだ。叶という存在はもはや、俺の頭の中にしか残されていないのだ。


「・・・・・・」


 もしかしたら、こういったことは珍しいことではないのかもしれない。今この瞬間にも、どこかの誰かが消えている。けれど誰もそれを認識できていないのだ。矛盾という名の小豆を箸で1粒ずつ取り除くような、この世界の手際のいい調節のお陰で。俺は最後に残ったいたいけな1粒というわけだ。いつまで生き残っていられるか、不安で震えながら小さくなっている。



 あるいは全く逆で、俺だけがおかしいんだと考えることもできる。現状に違和感を抱いているのは俺だけなのだから、この可能性のほうがあり得るのかもしれない。あんまり俺がしつこく叶のことを探し回っていたら、そう思われるのも遠くない将来のことになりそうだ。だとしたら叶という人間に関する記憶は何になるんだろう。俺の妄想だとでもいうのだろうか。柔らかい髪も、真っ直ぐな瞳も、少し薄い唇も、転がるような声も、しなやかな指も、俺は何度も何度もあんなに近くに感じていたのに。


 今こそ、生身の叶を感じたい。

 そして、「私はここにいるよ」って教えて欲しい。

 叶、お前は今、どこにいるんだ。


■  ■  ■



 取りとめもないことをないことを考え続けた。それしかできることがないからだ。


 そして俺は、新たな可能性に気がついた。今までは叶がどこかへ消えてしまったと思っていたけれど、俺の方が別世界に来てしまったという可能性だ。ここは叶のことを知らない人達の世界だ。

 ここは叶のいない、世界だ。

 カミサマは俺に叶の記憶を残させていたのではない。俺を叶の存在しない世界へ送り込んだのだ。もしそうなのだとしたら、叶から見れば消えたのは俺の方。俺が感じている寂しさを、叶も感じているのだろうか。

 しかし、消えてしまったのが叶でも俺でも、俺が観測する現象は変わらない。すなわち、叶が消えてしまったということ。今はまだ、どちらが正しいのかなんて分かりようがない。もっと知識が必要だ。もっと情報が必要だ。


 別世界。異世界。

 似て非なる世界。


 少し前に似たような話を聞いた覚えがある。あれはそう、物理の授業中だった。昼食後の授業で、あまりにも生徒が眠ってしまっていたから教師が雑談を始めたのだ。何と言っていただろうか。もう少しで思い出せそうだ。もう少しで。


 デスクの上に放り出されていたノートを漁り、物理のノートを手に取る。最新のページから遡っていく。



 ・・・・・・数式の羅列。



 ・・・・・・くだらないラクガキ。



 しかし思い出した。このラクガキだ。

 球体が2つある。

 地球、か。

 それぞれの地球に、棒人間が1人ずつ。



「そうだ。パラレル、ワールド・・・・・・」
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